出演者紹介 6 桑田佳祐さん
連載第34回目:2011年11月19日付掲載

ドリーム・パワー・コンサートまで1か月あまり。これまで秘密にされていたスペシャル・ゲストが、ついに発表されました。出演者はなんと桑田佳祐さんです! 桑田さんは、奥さんの原由子さんたちと一緒に、サザンオールスターズというグループでも活動している、日本を代表するミュージシャン。ビートルズの曲ばかり歌うコンサートを開くほど、ビートルズが好きです。
そんな桑田さんにヨーコさんは、ドリーム・パワー・コンサートへの出演を以前から依頼していました。でも、これまで実現しませんでした。というのも桑田さんは、たくさんの人にエイズについて正しい知識を持ってもらうための啓発活動をしていたからです。
ヨーコさんの学校を贈るプロジェクトも、桑田さんのエイズ啓発も、とても大切な活動で、続けるのは大変なこと。二つを掛け持ち中途半端になってしまわないために、桑田さんは、ドリーム・パワー・コンサートへの出演をあきらめてきました。
しかし今年、東日本大震災の被災地、宮城県でライブをした桑田さん。被災した人たちを励ますことのできる「音楽の力」を改めて感じ、今年、ヨーコさんとともに、武道館の舞台に立つことを決めたのです。もちろん今年もグッズ販売を通してエイズ啓発を続けます。
桑田さんとヨーコさん、二人の夢が合わさる夢の舞台。武道館にどんな音色が響くのか、楽しみですね。
▼夢:みなさんの前でいつまでも歌を歌うことです!!
▼メッセージ:自分の心の声をよく聴いて、ひとの心の痛みを理解し、少しでも住みやすい世の中(未来)でありますように
<今年のコンサートで支援する国>![]()
カンボジア

今年のドリーム・パワー・コンサートでは、学校に入る前の子どもたちが幼稚園に通うことも重要だと考え、カンボジアのシエムレアプ州、チャール・チューク・コミューンに幼稚園をプレゼントすることにしました。幼稚園に通えるようになれば、勉強についていけなくなる子どもが減り、途中で小学校をやめる子どもたちも減ると考えています。
チケット好評発売中!!
チケットのお申し込みはhttp://www.dreampower-jp.com/ticket/をご覧いただくか、キョードー東京0570・064・708まで。
出演者紹介 5 ラブ・サイケデリコのおふたり ボニー・ピンクさん
連載第33回目:2011年11月12日付掲載
ラブ・サイケデリコは歌のクミさんとギターのナオキさんのグループです。ドリーム・パワー・コンサートには7年連続7回目の出演です。ふたりともヨーコさんの大ファンです。
6回目の出演のボニー・ピンクさん。京都出身のシンガー・ソングライターです。去年のコンサートでは、ビートルズの「愛こそはすべて」を歌いました。ジョンはこの曲を作ったとき「どうしたらもっといい世界になるか、どうしたらもっといい自分になるか、答えは愛を持つことなんだよね」と言っています。
友だちや兄弟が困っていたら何かしてあげようという心。自然や食べ物を大切に思う心。他の人の気持ちを考え、自分のためだけでなく、人のために頑張ること。それはすべて愛です。この思いを胸に、ジョンは世界同時衛星生中継のテレビ番組でこの曲を歌いました。
ラブ・サイケデリコのおふたり
▼夢:平和(クミさん)
▼コンサートへの思い:一緒に歌いましょう
▼メッセージ:みんなが笑顔で暮らせますように
ボニー・ピンクさん
▼夢:ジョンとデュエットすること
▼コンサートへの思い:いい曲を歌えて幸せです
▼メッセージ:あなたたちが笑っていてくれたら大人は幸せです
<今年のコンサートで支援する国>
柱と屋根だけの学校=プラン・ジャパン提供![]()
グアテマラ

今回、学校を贈るピエドラ・パラダ・コミュニティには、コンクリートブロックとトタン屋根で作られた小さな学校がありますが、雨期には雨が吹き込んでしまうため、教室がぬれるだけでなく、感染症や皮膚病になったり健康面でも問題が生じています。また、学校がとても狭いために子どもたちの半分は外で授業を受けています。この地域は、読み書きのできる人が少なく、特に女性は13%しか読み書きができないという報告があります。
舞台裏見学の参加者募集中
詳しくは毎小のホームページをご覧ください
出演者紹介 4 杏さん 菅原文太さん
連載第32回目:2011年11月5日掲載
モデルで俳優の杏さん。最近では、テレビドラマ「妖怪人間ベム」にベラ役で出演、来年のNHK大河ドラマ「平清盛」では北条政子を演じます。
杏さんはジョンの詞の朗読とドリーム・パワー・コンサートで建設された学校に通う子どもたちから送られてきた手紙を紹介します。「以前、テレビ中継でドリーム・パワー・コンサートを見ていたので、まさかあの壇上に自分も参加させていただけるとは思いませんでした! いただいたお役目をしっかり果たしたいと思います」と言っています。「よりよい未来を届けられるように、精いっぱい頑張ります」
菅原文太さんは、みなさんが生まれるずっと前から俳優を続けている、人生の大先輩です。活動は幅広く、映画「千と千尋の神隠し」では声優として、釜爺の声を担当しているんですよ。
宮城県仙台市出身の菅原さんは、東日本大震災では被災地のために、さまざまな活動をしています。
菅原さんと奥さんはオノ・ヨーコさんの大ファンだそうです。ヨーコさんと菅原さんは同い年。社会のために一生懸命活動しているふたりは、共通点が多いです。
今回、菅原さんは声の出演で「イマジン」を朗読します。あの特徴のある声で、どんなふうに詞を朗読するのか。みなさんも聞いてみたくないですか?
杏さん
菅原文太さん
<今年のコンサートで支援する国>![]()
ベトナム

農業や林業で収入を得ていますが、1日1ドル(76円)以下で生活している人々が37%にも達しています。今年のドリーム・パワー・コンサートではソンドン県のムク村に学校を建てることが決まりました。
ムク村の子どもたちは、となり村の建物を借りて勉強していたり、6キロ離れた学校まで歩いて通ったりしています。朝は早くに家を出て、帰りは遅くなってしまいます。暑い夏、寒い冬、雨の中を通学するムク村の子どもたちが、かぜをひくことなく、元気に学ぶことができることを願い、学校を贈ります。
Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011
チケット発売中! 0570・064・708 キョードー東京チケットセンター
出演者紹介 3 斉藤和義さん サニーデイ・サービスのみなさん
連載第31回目:2011年10月29日付掲載
斉藤和義さんは栃木県出身のシンガー・ソングライターです。デビュー曲は「僕の見たビートルズはTVの中」。これで斉藤さんがジョンの大ファンであることがわかりますよね。
みんなで楽器を鳴らして、国境も年齢も性別も関係なく、音楽で人と気持ちを分かち合う世界を、想像してみてください。
サニーデイ・サービスは、歌とギターの曽我部恵一さんを中心に結成されたグループです。曽我部さんは昨年「アイソレーション(孤独)」というジョンの歌を歌いました。ビートルズが解散したばかりのころにジョンが作った曲で、仲間と別れたジョンは自分のことをひとりぼっちだと感じていました。
しかし、この曲を聴いて、同じように自分のことをひとりぼっちだと感じている人たちが感動し、音楽を作る人と聴く人の心がひとつになりました。出会ったこともない人たちを結びつける——音楽は不思議な力を持っているようです。
斉藤和義さん
▼夢:平和
▼コンサートへの思い:楽しみます
▼メッセージ:なんでもいいから楽器をやろう!
サニーデイ・サービス
▼夢:人生を楽しむこと(曽我部さん)
▼コンサートへの思い:11年目とは恐れ入ります! とにかく全員心をひとつにして楽しみましょう!(同)
▼メッセージ:ラブ&ピース フォーエバー(愛と平和を永遠に)
<今年のコンサートで支援する国>![]()
タイ

今年のコンサートでは、タイ北部のチェンマイ県チェンダーオ郡にあるカエノイ村に学校を贈ります。少数民族の赤ラフ族がお米を栽培して生活していますが、暮らしを支えるのに十分なお金を稼ぐことができません。
舞台裏見学の参加者募集中
詳しくは連載28回(Dream Powerジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011のHP★http://www.dreampower-jp.com/に掲載中)をご覧ください
出演者紹介 2 吉井和哉さん たくさん歌おう
連載第30回目:2011年10月22日付掲載

吉井さんの夢は「安全な世界でみんなが暮らすこと」。これは今年起こった原子力発電所の事故のことを思い出す方もいるのではないでしょうか。そして、吉井さんが言う、安全な世界は、いまだに世界中で起こっている戦争がなくなるといい、という意味もあると思います。
吉井さんのドリーム・パワー・コンサートへの思いは、「ジョンの魔法を伝えたい」ということ。ジョンの音楽や生き方に多くの人が影響を受けました。人生が変わったという方もいます。吉井さんはそれをジョンの歌を歌うことでみなさんに伝えたいということです。
吉井さんからみなさんへのメッセージは「たくさん歌おう」です。
7回目の出演となる吉井さん。去年はビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」という曲を歌いました。この曲はジョンが日本の俳句に影響を受けて作ったとも言われています。日本が好きだったジョンは、その後も「いかに簡潔な言葉で思いを伝えるか」ということにもチャレンジしていきます。
<今年のコンサートで支援する国>
雨で泥まみれになってしまった学校の床と備品=プラン・ジャパン提供![]()
ガーナ

舞台裏見学の参加者募集中
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出演者紹介 1 奥田民生さん 壁を超えて
連載第29回目:2011年10月15日付掲載

12月8日に日本武道館で行われるドリーム・パワー・コンサートの出演者の方々を紹介していきたいと思います。
最初は奥田民生さんです。広島県出身のシンガー・ソングライター(自分で作曲した曲を自分で歌う人)です。ユニコーンというバンドのメンバーでもあります。
奥田さんは「アニメ・ザ・ビートルズ」という番組を見てビートルズ、そしてジョン・レノンの大ファンになったそうです。そんな奥田さんの夢は「怒らなくなること」。奥田さんやユニコーンの曲に楽しい曲が多いのもそのせいかもしれません。ドリーム・パワー・コンサートへの思いも「みんなが楽しくなれるようにがんばります」とのことです。
「音楽で友だちを増やそう」というメッセージを寄せてくれています。音楽は言葉の壁、人種の壁を超えます。ギターや歌が歌えなくても手をたたいたりしてリズムをとるだけで、曲に参加できるのです。みなさんも音楽の授業なんかで友だちとセッションしてみてくださいね。
奥田さんは8回目の出演で、去年はビートルズの「リトル・チャイルド」という曲などを歌いました。この曲はジョンが22歳の時に作った楽しいロックンロール曲です。ロックンロールはアメリカの黒人たちが始めた音楽で、ジョンは生涯ロックンロールが大好きでした。黒人差別がまだあった時代に、ジョンたち若者が大きな声でロックンロールを歌うことで、音楽に国境や人種は関係ないことを証明したのです。
<今年のコンサートで支援する国>
ガマト村にある学校。壁もなく屋根からは雨漏りがします=プラン・ジャパン提供![]()
フィリピン

舞台裏見学の参加者募集中
詳しくは連載28回(Dream Powerジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011のHP★http://www.dreampower-jp.com/に掲載中)をご覧ください
10月9日はジョンの誕生日 解散後はチャリティーだけ
連載第28回目:2011年10月8日付掲載

ジョンの誕生日には毎年、アイスランドにある平和のための光の塔「イマジン・ピース・タワー」の点灯式が行われます。今年で5回目です。ジョンの誕生日から12月8日の命日までをヨーコさんは平和を考える期間にしようと、その間、ピースタワーは点灯されます。イマジン・ピース・タワーはジョンが好きだったヨーコさんの詩を実現したもので、塔の周りには、世界中から集まったみんなの願いを永久に保管しています。

ビートルズで自分は大成功したから、今度は世界のためになることをしたい——ジョンのこの思いはドリーム・パワー・コンサートに引き継がれています。ジョンの志は、私たちの住む日本にも根づいているのです。
イマジン・ピース・タワー。ドリーム・パワー・コンサートのホームページで、今の様子を見たり、願いを送ったりすることができます。
特別公開
本番前の舞台裏へ!
参加者を募集
12月8日の「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ」当日、特別に舞台裏を見学させてもらえることになりました。毎小読者の親子20人を募集します。アリの巣のような武道館の通路を巡り、音響や照明の準備、出演者の楽屋口など、通常では立ち入れない本番直前のバックヤードをご案内します。なお、見学には、コンサートのチケット購入が必要です。
♪開催日:12月8日(木)
♪集合:午後5時15分、毎日新聞東京本社(東京都千代田区一ツ橋1の1の1 東京メトロ「竹橋駅」下車)
♪募集人数:親子20人※子ども1人に対し保護者1人付き添い可
♪費用:1人8500円(コンサートのチケット代)
♪応募方法:はがきに〒住所、名前、性別、学年、保護者名、電話番号を書いて、〒100-8051(住所不要)毎日小学生新聞「ドリーム・パワー」係へ
♪問い合わせ:毎日小学生新聞編集部 03・3212・3274
♪締め切り:10月31日
Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011 チケット先行発売中
詳しくはhttp://www.dreampower-jp.com/ticket/をご覧いただくか、コンサート事務局 03・5452・0222(平日13:00〜20:00)へ
「こいしくん」と「こいしちゃん」 あなたが変わると世界も変わる
連載第27回目:2011年10月1日付掲載
今回はドリーム・パワー・コンサートの新しいキャラクター「こいしくん」と「こいしちゃん」をご紹介したいと思います。
「こいしくん」と「こいしちゃん」は小石族の出身です。オノ・ヨーコさんは小石族について、こう話しています。
「ふたりの科学者が波の研究をしていました。その研究によると、あなたがひとつの石を海にポトッと落としたとします。それがいくら小さな石でも世界中の海に影響するそうです。
私はそれを聞いて、こう考えました。みんなが小さな石だとします。そうすると、みんなが平和について少しだけでも行動したらそれは大きな波になるのです。それはやがて世界を変えるほどの波になります。
だから『僕たちが変われば世界が変わる』ってジョンが言ったでしょ。それは本当なんです。私の活動も小石を投げているようなもの。ジョンも私も自分たちの小石を投げていたんです。だから、あなたたちも小石を投げる小石族になってください」
みんながこの世界を良くしようと、ほんの少し思うだけで、世界は変わっていくとヨーコさんは言っているのです。
これは、自分のことにも置き換えられます。「きちんと勉強をしよう」「家の中を毎朝、掃除しよう」「嫌いなものも食べてみよう」とか、世界から見たらほんの小さなことでも、あなたが変わることで、世界は良い方向に動いていくのです。
みんながいつでも、自分が小石族ということを忘れないように、そして、みんなを応援するために「こいしくん」と「こいしちゃん」は生まれました。さあ、あなたも小石族の仲間入りをしませんか?
<今年のコンサートで支援する国>
狭い教室で学ぶ子どもたち![]()
ネパール
シクチャ・ジョティ小学校


いま使っている校舎
=プラン・ジャパン提供
Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011 チケット先行発売中
詳しくはhttp://www.dreampower-jp.com/ticket/をご覧いただくか、コンサート事務局 03・5452・0222(平日13:00〜20:00)へ
今年の出演者発表1 ジョンがよみがえる!
連載第26目:2011年9月24日付掲載
いよいよ、12月8日に行われるドリーム・パワー・コンサートの出演者が発表されました。
オノ・ヨーコさんの呼びかけにより、ミュージシャンの奥田民生さん、吉井和哉さん、斉藤和義さん、ラブ・サイケデリコのおふたり、ボニー・ピンクさん、サニーデイ・サービスのみなさん、ザ・ボゥディーズのロイさん、オーバーグラウンド・アコースティック・アンダーグラウンドのみなさんと、クリエイターの箭内道彦さんが日本武道館に集まります。今回の発表は第1弾で、今後も新しい出演者が発表される予定です。
そして、今年は何とジョン・レノンも出演する予定です。ジョンは亡くなったんじゃないかって? そうですよね。ジョンはバーチャル映像でよみがえるのです。ドリーム・パワー・コンサートでは、2009年にも、その年の5月に亡くなったミュージシャンの忌野清志郎さんが、バーチャル映像で復活しました。みんな、本当の清志郎さんがステージに立っていると思い、驚きました。
今回は奥田さん、吉井さん、斉藤さんの演奏で、ジョンがステージでよみがえり「真実を教えてくれ!」という歌詞の「ギミ・サム・トゥルース」を歌います。3月11日の震災後、不確かなものが多くなった今こそ、胸にストレートに届くのではないだろうかと思っています。
もちろん、今年のコンサートでも、世界の恵まれない子どもたちのために学校を贈ります。フィリピンに2校、カンボジア、ネパール、タイ、ベトナム、エクアドル、グアテマラ、ガーナ、セネガルに1校ずつ、合計で9か国に10の学校をプレゼントします。
くわえて、コンサート会場などで販売されるチャリティーグッズの売り上げから、東日本大震災で両親を失った子どもたちを支援するための資金が寄付されることも発表されました。
チケットは、現在コンサートの公式ホームページ(http://www.dreampower-jp.com/)で先行発売中です。みなさんも、会場に来られたら来てくださいね。
Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011 ●開催日時:12月8日(木)18時開場/19時開演 ●会場:日本武道館(東京都千代田区北の丸公園2の3) ●チケット:8500円(全席指定)
Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ 2011 チケット先行発売中
詳しくはhttp://www.dreampower-jp.com/ticket/をご覧いただくか、コンサート事務局 03・5452・0222(平日13:00〜20:00)へ
日本武道館 ロックコンサートに大反対!?
連載第25目:2011年9月17日付掲載
毎年ドリーム・パワー・コンサートが行われている日本武道館とはどんなところでしょうか。もともとは日本の伝統武道、つまり柔道や剣道を行う場所として作られました。
開館したのは1964年10月3日です。その年の10月20日から23日まで、東京オリンピックの柔道競技場として使われました。
日本武道館は全体を見ると、少しお寺に似ていますが、それもそのはず、奈良の法隆寺の夢殿をモデルにしているからです。そして、なだらかな屋根は富士山をイメージしたそうですよ。
こうして、日本伝統の武道を広め、心身を鍛える大道場として建てられた武道館ですから、ジョンがいたグループ「ビートルズ」がコンサートを行うことになったときは大変でした。「神聖なる武道館でロック・コンサートとはけしからん」と反対運動まで起こりました。
これに対し、ビートルズのメンバー、ポール・マッカートニーはこう言いました。「日本の舞踏団がイギリスの王立劇場に出演しても、誰もイギリスの伝統を汚したなんて言わないよ」
日本での記者会見で戦争について質問されたジョンは「戦争はいけないことだ。僕たちは、いかなる戦争にも反対だ。ただ、自分が何も出来ないのも知っている」と答えました。このときジョンは25歳でした。若者たちの落ち着いた受け答えに、日本の記者たちはすっかり感心してしまいました。
ジョンは「前から日本に来てみたかった」と語っていて、ジョンの希望が大きかったため、ビートルズの日本公演が決まったともいわれています。日本とジョンの長きにわたる深い関係はこのとき始まったのです。
そんなジョンにゆかりのある日本武道館、そして日本で、ジョンの遺志をついだドリーム・パワー・コンサートが、毎年、平和のために開催されています。いよいよ参加アーティストが発表されます。
ドリーム・パワー・コンサート当日、満席状態の武道館
八角形をした日本武道館
バックステージ5 開演直前までリハーサル
連載第24回目:2011年9月10日付掲載
さあ、ついにドリーム・パワー・コンサートの当日です。コンサートが始まる時間を遅らせることはできないので、準備は時間との勝負になります。
お昼ごろにバンドのメンバーがそろったら、いよいよ本番を想定したリハーサルが始まります。
ドリーム・パワー・コンサートのバンドは「トリビュート・バンド」と呼ばれていて、ドラム、ベースが1人ずつ、ギター、キーボードが2人ずつの6人編成です。それぞれ楽器のチューニング(音の高さ合わせ)から始め、どの曲でどの楽器を使うかなど、念入りに確認していきます。
バンドが準備を終えると、出演アーティストを迎えてのリハーサルが始まります。出演者は本番さながらに歌い、音響・照明・映像チームなどすべてのスタッフも本番と同じようにリハーサルをしていきます。たとえば、テレビ収録チームは、どの位置から撮影するのか、どのように撮影するのかなど、いろいろ試します。
時間は待ってくれません。舞台監督はてきぱきとリハーサルを進めていきます。みんなの表情は真剣そのものです。でも、スタッフのみんなが楽しみにしていることもあります。それはコンサートのフィナーレのリハーサルです。豪華な出演者全員が集まるからです。
バンドはほとんどの出演者のリハーサルに参加します。リハーサルが終わるのは開演時間のほんの少し前です。おなかもペコペコでしょう。このころにはもうお客さんが日本武道館の外に集まり始めて、チャリティーグッズを買ったり、看板のところで記念写真を撮ったりしている時間です。
広報担当者は、コンサートを取材しに来た新聞社、テレビ局、通信社、インターネットニュース局や雑誌社など大勢の報道関係者を席に案内します。そして、いよいよ開場の時間です!
こんな光景が毎年繰り返され、日本武道館で1万人を超える観客の集まるコンサートが開催されています。11回目の今年はどんなステージになるのでしょう。みなさんドリーム・パワー・コンサートに来てくださいね。
毎回、コンサートの最後は、出演者がステージに勢ぞろいし、華やかにフィナーレを迎えます。今年はどんな顔ぶれになるのでしょうか。出演者の発表は間もなくです
©Bob Gruen
バックステージ4 ノンストップ 徹夜で準備
連載第23回目:2011年9月3日付掲載
まもなく本番です。コンサートの前の日は、最終電車が走るころから、出演者以外のチームは会場の外で待機します。日本武道館で前日に行われていた催しが終わったら、すぐ準備を始めるためです。
真夜中の午前1時、会場に入れるようになると、舞台、照明、音響、楽器、映像チームは、それぞれの機材を運び込む作業をアルバイトの人とともに一斉に開始します。
まずは舞台を作ります。日本武道館は1964年に開催された東京オリンピックの会場のひとつとして建設された武道場です。なので、普段はステージがありません。舞台チームは大きな建物を建てるように、ゼロからステージを作っていきます。
そのあいだに照明チームはステージを照らす多くの照明を天井につるしたりします。音響チームも大小さまざまなスピーカーを設置していきます。
ステージができて、電気の配線が終わると、楽器チームはドラムセットを組み立てたり、ギター用のスピーカーを準備。映像チームはスクリーンを設置します。スクリーンにはステージの背景となる巨大なものや、遠くの席の人がステージの様子をはっきり見られるようにするためのものなどがあります。それぞれ、映像を映してテストをします。
午前3時になると、バンドの楽器がステージに運ばれます。各チームが作業を進めていると、朝日が昇ってくる時間になります。
朝8時。アルバイトの人たちが客席の椅子を並べるころには、音響・照明をはじめ全てのチームが、ミスはないか、徹底的にチェックしていきます。会場が完成するお昼ごろ、ついにバンドのメンバーが到着。いよいよ出演者を迎えてのリハーサルが開始されます。
このように本番直前はノンストップの作業が夜通し進みますが、みなさんはスタッフがいつ寝ているのか不思議に思ったかもしれませんね。少しでも寝られる時間ができたら交代で休むようにしていますよ。でも、徹夜になってしまう人もたくさんいます。1年をかけてみんなで夢見たステージ。会場を作るスタッフの本番は、一足早く始まっているのです。
たくさんのスポットライトをつるしたり、スクリーンを設置したりと、夜通しの作業が続く会場作り。武道館の中はまるで工事現場のようです
バックステージ3 スタッフ総勢400人
連載第22回目:2011年8月27日付掲載
ドリーム・パワー・コンサートを裏で支えるさまざまなチームを前回は紹介しましたが、コンサートにはほかにもいろいろな仕事があります。
ミュージシャンのみなさんが使う楽器を準備し、最高の状態で演奏できるように調整する楽器チーム。必要な機材、楽器、大道具などを会場に運ぶトランポ・チーム。
コンサートに必要なものに電気があります。あまり知られていませんが、電源を確保するチームもあるんです。電源車という発電機を積んだ車を用意して、コンサートに必要な電気を発電します。
ほかにも出演者やスタッフの飲み物や食べ物を用意するケータリングという仕事もあります。お客さんが、安全に入場してコンサートを楽しめるようにしている会場整理係や、もし具合が悪くなってしまった人が出たときに対応する看護師さんもいます。
舞台を作ったり、グッズを売ったりするアルバイトの数を入れると、スタッフの数は合計で400人ぐらいになります。ひとつのコンサートを作るのにこれだけの人たちが関わっているのには、びっくりしますよね。
いよいよコンサートの日が近づいてくると、リハーサルが始まります。実際のステージと同じくらいの大きさのスタジオを使って、本番さながらに出演者が演奏したり、歌ったりします。その間、各チームは一人一人の出演者に合わせて、どういう照明にするのか、どういう映像にするのかなど、細かく決めていきます。
出演者によって、ジョンの曲はいろいろな形に編曲されます。それに合わせたり、試行錯誤しながら、バンドも練習をしていきます。リハーサルが終わると、実際のコンサートの時間が決まってくるわけです。
さて、本番まで1週間が迫ると、スタッフたちは会場となる日本武道館で打ち合わせます。これを「小屋打ち」といいます。今まで会議やリハーサルで決めてきたことが、本当に日本武道館でできるのか、最終確認をします。
さあ、これが終わるといよいよ本番を迎えるだけです。
コンサートまであとわずか。スタジオでのリハーサルの最終日。オノ・ヨーコさんを囲んで、バンド・メンバーと主要スタッフ
バックステージ2 コンサートを支える人々
連載第21回目:2011年8月20日付掲載
ドリーム・パワー・コンサートに向けて、どのような準備をしていくのか。前回は出演者を募る準備までをご紹介しました。
次にすることは、広報活動とコンサートの演出を決めていくことです。この二つが、ほぼ同時に進行していきます。広報活動は「プロモーション」とも呼ばれ、新聞やテレビ、ラジオ、雑誌、インターネットなどを通してします。ドリーム・パワー・コンサートがいつ、どこで行われ、誰が出演するのか、入場料はいくらなのかなどを伝えていきます。
しかし、それだけではなく、このコンサートの目的や魅力を的確に伝えることもとても大切です。毎年、コンサートを楽しみにしている人に「よし、今年も参加するぞ!」と思ってもらうこと、そして、このコンサートを知らない人が「どんなコンサートなんだろう? 面白そうだな、参加してみようかな」と思うようにと、意識して進めます。この広報活動は、コンサート当日まで続きます。
続いて、演出会議です。コンサートの中心的なスタッフが、今年はどのようなコンサートにするか決めていき、裏でコンサートを支えているスタッフのみなさんに、決まったことを会議で伝えます。綿密な打ち合わせを繰り返し、演出が実現できるように準備をしていきます。
スタッフ会議に参加するのは▽ステージ上の進行をとりまとめる舞台監督チーム▽音響設備を用意したり、観客が聴く音を調整する音響チーム▽ステージの照明を操作する照明チーム▽ステージのバックスクリーンなどに映像を映したり、その映像を製作したりする映像チーム▽舞台セットを作る舞台設営チーム▽テレビなどで放送する映像を撮影する放送チームなど、いろいろな担当ごとにチームが分かれています。
コンサートに関わっているスタッフはこれだけではありません。「まだあるの?」と思いますか?コンサートを見ているだけでは気付かないような仕事もまだまだたくさんあります。来週はほかの仕事も紹介したいと思います。
コンサートのフィナーレ。みんなの力が一つになって、1年に1度のステージが完成します。
バックステージ1 過去10回で154人が出演
連載第20回目:2011年8月13日付掲載
7月22日、東京・芝浦でモンブラン国際文化賞の授賞式が行われました。受賞者はオノ・ヨーコさん。毎年、故ジョン・レノンの命日、12月8日に「ドリーム・パワー ジョン・レノン スーパー・ライヴ」を開き、世界の子どもたちに学校を贈ってきたことは、この連載でみなさんはすでに知ってますね。過去10回のコンサートで、28か国に107の学校が誕生しました。この活動が評価され、ヨーコさんは受賞しました。
さて、今回から数回に分けて、ドリーム・パワー・コンサートに向けて、どのような準備をしていくのかを紹介していきたいと思います。
コンサートの準備は、なんと、前のコンサートが終わったその日から、つまり、1年も前から始まります。まず、コンサートが開かれた会場が来年も同じ日に使えるように手続きをします。東京にある日本武道館は、1966年にジョンがビートルズというグループで実際に演奏した場所で、日本で唯一、ジョンがステージに立った大切な場所です。
続いては「キャスティング」と呼ばれている準備で、出演者を募る準備です。ヨーコさんの呼びかけによって、たくさんの方々が出演を希望してくださいます。10回のコンサートの出演者は、なんと154人。歌手だけではなく、俳優の方も参加されます。昨年は、吉永小百合さんや鈴木京香さんが出演しました。
今年の出演者も決まってきていて、9月には発表する予定です。楽しみにしていてください。
<支援された学校のご紹介>
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ネパール
シュリ・ラシトリヤ・ヌムナ小学校
2005年のライヴで支援

=プラン・ジャパン提供
オノ・ヨーコ 子どものためのワークショップ「希望の路」
毎日小学生新聞特集:2011年8月9日付掲載

私たちは世界を変えることができるのよ
7月28日、広島現代美術館(広島市南区)で、毎小読者17人とともに「オノ・ヨーコ 子どものためのワークショップ『希望の路』」が開かれました。ワークショップのテーマは、ヨーコさんが40年以上、作品を通して表現してきた「平和」です。みなさんもワークに挑戦してみてくださいね。 【小丸朋恵】
いっしょにやってみよう
ヨーコさんは、夫でビートルズのメンバー、ジョン・レノンさんと「愛と平和」を訴える作品を多く残してきました。子どもたちはヨーコさんとともに、戦後66年間平和の大切さを訴えてきた広島の地で、世界が愛と平和であふれることを願いました。
ワークショップは、会場に隠れていたヨーコさんを探し出すことから始まりました。周囲を見渡すと、壁の向こうから黒いシャツの袖と手が見えます。子どもたちが元気いっぱいの声で「ヨーコさん!」と呼ぶと、笑顔のヨーコさんが登場。「みなさん、私たちは世界を変えることができるのよ」と語りかけました。
毎小読者17人と平和ワーク
主催・毎日小学生新聞
壊れたカップをくっつけて

「メンドピース」は、ヨーコさんの代表作の一つです。壊れた陶器の破片を、接着剤を使って元に戻します。
「ある少年がね『離婚しようとしてたパパとママが、メンドピースのパフォーマンスを見て、仲良くなった。ありがとう』というメッセージをくれたの。カップを元に戻すことは、世界をつなぎ合わせることと同じ」とパフォーマンスに込めた思いをかたりました。
ヨーコさんに教わりながらカップのかけらをくっつけた島根県大田市の藤井珠希君(小3)は、カップを元に戻すのは難しいけど、楽しい。続きを家でやりたいです」と話していました。
ヤーンピース
3色の毛糸が子どもたちに巻き付けられていきます。光の黄色、雲の白、青は空を表します。福岡市中央区の増本涼太君(小3)が「もっと光をちょうだい!」とリクエストすると、体は黄色の毛糸に包まれました。毛糸の端を握ったヨーコさん「みなさんの体が空に続いているわ。そして私はあなたたちとつながっているのよ」とほほ笑みました。

ヨーコさんはふいに、会場の椅子を見て「この椅子は、どのように使うの?」「身を隠すもの?」「となりに寝てみようかしら」と、椅子を逆さまにしたり、倒したりします=写真。子どもたちは答えにつまります。沖縄県恩納村から参加した小谷地光君(小4)はヨーコさんの横に立ち、「ずっと立っていると足が疲れるから、座るときに椅子を使います」と教えてあげました。何度か問答を繰り返し使い方が分かったヨーコさんは「確かに椅子に座ると楽ね。だからみんな椅子が好きなのね」と、椅子にキスをしました。
10年後 約束のかけら

一生懸命カップを直したり、短冊に平和への思いをびっしり書き込む子どもたちに、ヨーコさんは、白い大きなツボを割ったかけらをプレゼントしてくれました。「10年後、かけらを元に戻しましょう。みなさん、また会いましょうね」と語るヨーコさんと、再会を約束してお別れしました。福岡県行橋市の工藤紗矢さん(小6)は「10年後、みんなでつぼを完成させることができたらうれしいです」。茨城県竜ヶ崎市の都留和葉さん(小6)は「ヨーコさんは、この人と活動したいと思わせる、世界のリーダー的な存在だと感じました」と話していました。
あなたの願いは何ですか


一生懸命カップを直したり、短冊に願いを書いて、モミジの木にくくりつけました。ヨーコさんは「私はいつも世界平和を願ってきたから、今日はみなさんの幸せを願いたいわ」と、短冊に「今日会った子どもたちがみんな、平和で楽しい人生を送りますように」と書き、枝にくくりつけました=写真上。
原爆で曽祖父を亡くした広島県府中町の中島春香さん(小4)は、「家族みんながいつまでも笑顔でいられますように」という願いを込めました。
「広島 長崎 震災」 世界に向けて発信
毎日小学生新聞「みんな地球人」特集:2011年8月9日付掲載


オノ・ヨーコさん
世界的なアーティストのオノ・ヨーコさんが7月21日から8月7日にかけて日本に滞在しました。広島市や長崎市を訪れ、原爆の悲惨さとともに、平和の大切さをさまざまな形で世界に向けて訴えました。
原爆による何もない焼け野原から復興したヒロシマとナガサキの人々のすごい大きな力を、世界に分けてあげてください

ヨーコさんは広島市が現代美術の分野で人類の平和に貢献した芸術家に贈る「ヒロシマ賞」を受賞しました。7月29日に広島市現代美術館で開かれた授賞式では、「全部無くしたところから立ち上がり、ここまで再建した広島のパワーを世界に見せよう」と呼びかけました。
受賞に合わせて「希望の路」という展覧会が7月30日から始まりました。会場の広島市現代美術館で、開幕前の28日には、毎日小学生新聞主催のイベントをしました。
復興を願いスピーチ
31日には核兵器の廃絶に向けた国際平和シンポジウムが広島市で開かれました。ヨーコさんは、3月に起きた東日本大震災についても触れ、「私たちは原爆による何もない焼け野原から復興することができました。そのヒロシマとナガサキの人々のすごい大きな力を、世界に分けてあげてください」と復興を願うスピーチをしました。

8月2日にはもう一つの被爆地、長崎市を訪れ、原爆落下中心碑で花を供えました。長崎原爆資料館では、田上富久・長崎市長から、海外で平和活動に取り組む日本人に贈られる長崎平和特派員の認定も受けました。ヨーコさんは「ヒロシマ」だけでなく「ナガサキ」も世界の人々に知ってもらいたいと、強く願っています。
ヨーコさんの2011年夏 世界が注目するから
連載第19回目:2011年8月6日付掲載
7月21日に来日したオノ・ヨーコさんは8月7日、アメリカのニューヨークに帰ります。ヨーコさんは滞在中にさまざまな活動をしました。
まず、第20回モンブラン国際文化賞の受賞者に選ばれました。この賞は世界最高峰の万年筆を作っているドイツのモンブラン社が毎年、音楽や絵画など、あらゆる芸術の分野で、若い人たちの才能を助ける活動をした人に贈っている賞です。ヨーコさんは発展途上国に学校を贈る「ドリーム・パワー・コンサート」での活動が評価され、受賞となりました。
また、ヨーコさんはヒロシマ賞も受賞しました。現代美術の分野で人類の平和に貢献した芸術家に広島市が3年に1度、贈ります。ヨーコさんは、ヒロシマ賞を受け取るために、そして「希望の路」という展覧会をするために、広島市現代美術館を訪れました。7月28日には毎小の読者と一緒に、子どもたちのためのワークショップもしました。
31日には、核兵器の廃絶に向けた国際平和シンポジウムで、スピーチしました。広島では、ほかに、広島市平和記念資料館も見学しました。
第二次世界大戦中、原爆が投下されたのは広島と長崎です。ヨーコさんは「ヒロシマ」だけでなく「ナガサキ」も世界の人が知ってほしいと、8月2日に長崎を訪れ、原爆落下中心碑に花を供えました。
わずか2週間ほどの滞在期間中、スケジュールは目いっぱいでした。「世界で最も有名な日本人」といわれるヨーコさん。その活動の一つ一つに世界が注目し、報道します。それが世界中の人が平和を考えるきっかけになり、平和への種まきになるのです。
広島市現代美術館で開かれたヒロシマ賞授賞式で=7月29日
広島平和都市記念碑で平和を祈るヨーコさん
※ワークショップの内容とヨーコさんの日本での活動は9日付けで紹介します
「ヒロシマ賞」受賞記念展 30日から広島で 「希望の路」を探して
連載第18回目:2011年7月30日付掲載
ついに30日から、オノ・ヨーコさんの展示会「希望の路」が、広島市現代美術館で始まりました。
ヒロシマとナガサキに原子爆弾が落ちてから66年たった今でも、犠牲になって苦しんでいる人がいます。それほど、原爆の被害は深刻でした。今年の3月11日に起きた大地震と津波によって原子力発電所で事故が起き、原子力の悲劇が繰り返されてしまっています。これは日本だけではなく、世界の問題であるともいえます。
ヨーコさんはこう信じています。
「広島と長崎の人々は、強い精神と知恵による力で、苦しさと悲しみを乗り越えてきた——その力が今の世界に希望の光を与える」と。「その力は、いざという時に心の奥から出てくる輝く力で、超能力となって、念じるだけで山でさえも動かすことができるすごい力だ」と。「そして今、私たちひとりひとりがその力を引き出し、世界を変えていくときだ」とヨーコさんは言っています。その思いを今回の展示会で伝えたいとヨーコさんは思っています。
美術館の最初の部屋に入ると、たくさんの大きなドアが、まるで生きているように立っています。ドアは、どこにつながっているのでしょう?▽ほかの部屋では、真っ暗な中に、たくさんの透明な「見えない人たち」が立っています。なんで透明なのでしょう?▽この部屋の中は時々まぶしく光ります。黄色い壁に大きく描かれた絵の前に立って光を浴びると、なにかが起こります。なにを感じますか?
——ほかにもたくさんのヨーコさんの作品が展示されます。みなさんも、機会があったら展示会に来てくださいね。そして、作品を見ながらいろいろなことを考えたり、疑問に思ったり、感じたり、想像したりしながら、ヨーコさんが言っている「力」とは何かを探してほしいと思います。「希望の路」がどこにあるか、探してみましょう。
第8回ヒロシマ賞受賞記念 オノ・ヨーコ展
希望の路 YOKO ONO 2011

◇会場:広島市現代美術館(〒732‐0815広島市南区比治山公園1の1)
◇開館時間:午前10時〜午後5時 ※入場は閉館30分前まで
◇休館日:月曜日 ※ただし祝休日に当たる場合は開館し、翌平日休館
◇観覧料:小中学生、65歳以上は無料▽一般1000(800)円▽大学生700(600)円▽高校生500(400)円 ※( )内は30人以上の団体料金
◇ホームページ:http://www.hcmca.cf.city.hiroshima.jp/

「私たちの持っている力を引き出そう」と語るオノ・ヨーコさん
Photo ©Synaesthete 2009
ニューヨークのジョン1 ストロベリー・フィールズ
連載第17回目:2011年7月23日付掲載
今年、毎小の夏ツアーはアメリカ・ニューヨークだそうですね。ニューヨークはジョンが愛し、40歳で亡くなるまで過ごした街でもあります。ジョンはイギリス人ですが、世界の中心といわれたニューヨークで活動することを望みました。ニューヨークに「自由の女神が招いてくれた」とジョンは言っています。
ジョンが住んでいたダコタハウスには、今もオノ・ヨーコさんが住んでいます。ダコタハウスは、1884年に建てられました。日本では明治17年です。映画のロケ地としても有名で「ローズマリーの赤ちゃん」や「バニラ・スカイ」といった映画に登場する建物です。
ジョンはダコタハウスで作曲したり、家族と過ごしたり、ニューヨークでの日々を送ります。ジョンが住んだダコタハウスの部屋からは、大きな公園が一望できますが、これがセントラルパークです。ジョンはこの公園をヨーコさんと散歩するのが大好きだったそうです。
セントラルパークには、そんなジョンの思い出を刻んだ「ストロベリー・フィールズ」というメモリアルパークがあります。ジョンの曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」にちなんだ名前です。地面には円形の記念碑もあり、その真ん中には「IMAGINE」と書かれています。
毎年、ジョンの命日の12月8日は世界中のファンがジョンをしのんでここに集まります。普通の日でも、必ず誰かファンが来ていたり、お花が供えられています。みなさんもニューヨークに行くことがあったら、ぜひ寄ってみてくださいね。

平和学習ツアー「9.11の現場で平和を考える」の詳細は毎小のホームページに掲載しています。
ジョンとヨーコの平和活動4 イマジン・ピース・タワー
連載第16回目:2011年7月16日付掲載
ジョン・レノンとオノ・ヨーコの平和活動で最も素晴らしいのは、ジョンがこの世にいなくなってもその平和活動が続いていることです。たとえば「ドリーム・パワー ジョン・レノン スーパー・ライヴもその一つです。

そして、今年の7月30日から10月16日まで、ヨーコさんは広島市現代美術館で「希望の路」という展示会をします。1945年にヒロシマとナガサキに原子爆弾が落ちてから66年。広島から世界に向けて、ヨーコさんがどのように平和をアピールするのか、注目が集まっています。昨年ヨーコさんは人類平和に貢献したことで、第8回ヒロシマ賞を受賞しています。
7月28日には毎小読者を招待してヨーコさんがワークショップを開催します。下に応募方法が書いてあるので、ぜひみんなも参加してくださいね。
<ワークショップの応募方法>
■日時:7月28日(木)午前10時集合
■会場:広島市現代美術館
(広島市南区比治山公園1の1)
■参加費:無料 ※先着順
■対象:小学3年生〜中学3年生約30人
■応募方法:はがきに、〒住所、名前、性別、学年、電話番号と参加したい理由を書いて、〒100‐8051(住所不要)毎日小学生新聞「オノ・ヨーコさん」係。先着順(応募多数の場合は抽選)。問い合わせは毎日小学生新聞編集部03・3212・3274。当選者には26日までにご連絡します。
ワークショップの
応募方法
平和の願いが光となって、空へと真っすぐに伸びる「イマジン・ピース・タワー」
主催・広島市現代美術館 毎日小学生新聞
ジョンとヨーコの平和活動3 ベッド・イン
連載第15回目:2011年7月9日付掲載
ジョンとヨーコのユニークな平和運動は他にも、「戦争するより愛し合おう」とアピールした「ベッド・イン」や、「WAR IS OVER! IF YOU WANT IT(戦争は終わる! あなたが望むなら)」と世界中にポスターや看板を張り出した平和キャンペーンなどがあります。
ジョンが「ベッド・イン」を行った1969年、アメリカはベトナムと戦争をしていました。そこでジョンとヨーコが考えたのが、平和をアピールすることに「新婚旅行」を使用することでした。スーパー・スター、ジョン・レノンが日本人芸術家と結婚し、記者会見するとなれば多くの報道陣が詰めかけるのは間違いありません。しかもふたりは、その記者会見をホテルのベッドで行うと発表しました。
一体このふたりは何をするんだろう? と世界中から記者が集まりました。ふたりは、興味津々の記者たちからいろいろな質問を受けましたが、それをすべて平和の宣伝になるように答えました。ジョンは「誰にでもチャンスがあるように、平和にもチャンスがあっていいじゃないか」と、ベッドの上で「平和を我等に」という歌の録音もして、レコードとして発売しました。
「ベッド・イン」は、当時は笑われたり、バカにされたりもしましたが、ふたりはひるみませんでした。戦争に対して、平和的な方法で抗議を貫いたふたりの行動は、今では高く評価されています。芸術家のふたりは、平和活動もアート作品とすることで、政治に興味のない世界中の人々の関心を集めたのですから。
<支援された学校のご紹介>
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ケニア
トゥジュ小学校
2004年のライヴで支援

=プラン・ジャパン提供
ジョンとヨーコの平和活動2 バッグ・ピース
連載第14回目:2011年7月2日付掲載
今回紹介するジョンとヨーコのユニークな平和運動は「バッグ・ピース」です。文字どおり、「バッグ(袋)」を使った平和運動で、「バギズム」とも呼ばれます。
ロンドンで開かれた芸術家のクリスマスパーティーに招待されたときや、自分たちの映画の試写会で記者の質問に答えるときに、大きな袋に入ってふたりが登場したのが始まりです。
人の話を聞くときや人と接するときに、見た目で人を判断してはならないというふたりの考えに基づくものでした。話している人が袋に入ることで、相手には、中の人が黒人なのか、白人なのか、黄色人種なのか、わかりません。男性か女性かは声で判断できるかもしれませんが、年齢や服装など、袋の中の人がどんな外見をしているのか、全くわからないのです。
ジョンとヨーコは、人の話を聞くときは、外見で人を差別したりせず、その人が話す内容を真剣に聞きましょうと、みんなに伝えたかったのです。
ヨーコさんは、このアイデアをサン=テグジュペリが書いた本「星の王子様」でキツネが語る言葉、「大切なことは目には見えない」からヒントを得たと言っています。当時、ジョンは世界の大スター「ザ・ビートルズ」のメンバーでした。しかし、ジョンは有名人だから自分の話を聞いてもらうのではなく、ひとりの人間としてみんなに平和のメッセージを聞いてもらいたかったのです。
「ふざけすぎている」と非難する人もいました。しかし、ジョンは、たとえ自分たちがばかにされても、「世界が少しでも良くなるんなら、僕とヨーコは喜んでピエロになるよ」と言っています。
<支援された学校のご紹介>
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ギニアビサウ
カンベイダレ小学校
2003年のライヴで支援

=プラン・ジャパン提供
◇お知らせ オノ・ヨーコさんのワークショップを7月28日に広島で開催します。詳細は近日発表します。
ジョンとヨーコの平和活動1 どんぐりを植える
連載第13回目:2011年6月25日付掲載
今回から3回にわたって、ジョンとヨーコのユニークな平和運動を紹介したいと思います。まずは、みなさんもよく知っている「どんぐり」を使った平和運動です。
「どんぐりを植えるイベント」は、1968年6月にイギリスのコンベントリー大聖堂の庭で行われました。ジョンとヨーコは2個のどんぐりのひとつを東に、もうひとつを西に向けて地面に植えました。西洋人のジョンと東洋人のヨーコが出会って愛し合ったように、西洋と東洋の人々が理解し合って、世界が平和になるようにと、どんぐりに願いを込めて埋めたのです。ふたつのどんぐりは西洋と東洋がひとつになることを象徴しています。
これをふたりは「生きているアート」と呼びました。どんぐりが芽生え、木になり、枯れ、そしてまたその木に実ったどんぐりが芽生える——という永遠に続く生命活動そのものを、アートとしてとらえた作品だからです。ジョンはこのイベントで「近いうちに東と西がひとつになることを望みます」と話しています。
もうひとつどんぐりを使った平和運動があります。ジョンとヨーコは世界各国の大統領や首相、すなわち国のリーダーと呼ばれている人たちに、小さな箱に入れたふたつのどんぐりを「愛と平和の小包」として送りました。そのふたつのどんぐりがそれぞれの国で植えられ、2本の木に育つようにと平和の願いが込められていました。
日本にも、当時の総理大臣、佐藤栄作首相に送られています。チリの大統領に送られた小包は当時チリが内戦状態だったため、返送されてきました。しかし、今でも小包のなかでは、ふたつのどんぐりが、東と西の文化が結ばれて世界が平和になるその日を待っています。
<支援された学校のご紹介>
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パキスタン
ガー女子学校
2002年のライヴで支援

ドリーム・パワー・コンサートでは、小学校も中学校もなかった地域に、ふたつの女子校を贈りました。最近は女の子の役割も変わってきて、ここで学ぶ女の子たちは将来、この地域の発展に貢献するようになるでしょうと学校の先生は語っています。
ジョン・レノンってどんな人4 ヨーコとの出会い
連載第12回目:2011年6月18日付掲載
ジョン・レノンはビートルズ活動中に日本人芸術家オノ・ヨーコと出会います。ヨーコの個展でジョンが初めて見た作品は「釘を打つ絵」でした。真っ白なキャンバスと金づちが壁に飾ってあるだけの作品で、見た人がキャンバスに釘を打つというユニークなアート作品です。
これを見たジョンは「釘を打ってもいいですか?」とヨーコに尋ねます。ヨーコは「まだオープン前ですから、そういうことは困ります」と答えました。でも、ジョンががっかりしているのを見て、ヨーコは「じゃあ、5シリング(注・当時のイギリスの通貨)で打っていいです」と言います。するとジョンは「想像のお金を払うので、想像の釘を打っていいですか?」と答えました。ふたりはにっこり笑いました。ものに対する感じ方が同じだったのです。
ヨーコの自由な作品に共感したジョンはこう思いました。「自分が思った通りに表現していいんだ」と。そしてジョンは、世界一の音楽グループとしているよりも、もっと自由に愛や平和を表現したいと感じたのです。
こうして、ジョンとヨーコは次々にユニークな平和活動を行います。「どんぐりを植えるイベント」やふたりがベッドに寝ているだけの「ベッドイン」というアート・パフォーマンスなどです。これについてはまたご紹介します。
やがてふたりは、イギリスからアメリカへと自由を求めて引っ越します。1980年にジョンは死んでしまいますが、その愛と平和や人間らしさを求める心は、今でもみんなの心に生きています。
<支援された学校のご紹介>
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マラウイ
カスワドンゴ小学校
2002年のライヴで支援


衛生的なトイレもプレゼントしました(上記写真)
=プラン・ジャパン提供
ジョン・レノンってどんな人3 若者の代表者
連載第11回目:2011年6月11日付掲載
ジョン・レノンが作ったグループ「ザ・ビートルズ」のメンバーは、ジョンの他にポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターです。グループが実際に活動したのは、1962年のデビューから70年の解散までの8年間と、とても短い期間でした。
しかし、その間にビートルズは音楽の歴史を変えてしまうほど、人の心を動かすたくさんの歌を作り、世界中の人々から愛されました。彼らが愛された理由は、歌のメロディーが美しかったり、楽しかったり、覚えやすかっただけではありません。4人はいつも正直であろうとしました。
人気者のアイドルであるよりも、普通の若者のように思ったままを口にし、感じたままを歌にしてきました。戦争や人種差別について自分の考えを発表したりもしました。そんなアイドルは誰もいなかった時代にです。とくにジョンは間違っていると思うことがあれば、正直に間違っていると発言しました。
ビートルズが活動していた1960年代、アメリカはベトナム戦争をしていました。若者たちは行きたくなくても、兵隊として戦場に行かねばなりませんでした。ジョンは「僕はどんな戦争でも反対だ」と自分の思ったことを正直に発言しました。ジョンの発言に「戦争が嫌なのは僕だけじゃないんだ」と励まされた若者が大勢いたことでしょう。
そんなビートルズは世界中の若者たちのあこがれで、若者たちの生き方にもさまざまな影響を与えました。ビートルズは若者の代表者として、新しい時代を作っていったのです。
<支援された学校のご紹介>
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ギニア
ンデレオウ地区小学校
2001年のライヴで支援


=プラン・ジャパン提供
ジョン・レノンってどんな人2 少年ジョン
連載第10回目:2011年6月4日付掲載
ジョン・レノンは第二次世界大戦中の1940年10月9日、イギリスのリバプールで生まれました。父親の名前はアルフレッド、母親の名前はジュリアといいます。父親は船員で、いつも船旅をしていて、ジョンが生まれた時でさえ、どこにいるのか分かりませんでした。母親はそんな父親と別れるつもりで、他の男性と暮らし始めました。そのためジョンの面倒をみることができませんでした。
そんなジョンをかわいそうに思った母親の姉、ミミ伯母さんにジョンは引き取られることになります。両親と暮らすことのできなかったジョンは、寂しさもありましたが、ミミ伯母さんとジョージ伯父さんの愛情に包まれ、すくすくと成長していきます。
ジョージ伯父さんの日課は、幼いジョンをひざにのせて新聞を読むことだったそうです。この新聞を読んでいるあなたたちのように、ジョンも小さなころから新聞を読んでいたのですね。
ミミ伯母さんの家にはたくさんの本がありました。ジョンは本を読むのが大好きになり、とくに「不思議の国のアリス」がお気に入りでした。読んでいるうちに登場人物を絵に描いたりして、絵も大好きになりました。
小学校6年生のころには自分で絵や文章を書いたり、雑誌を切り抜いたりして手づくりで雑誌を作っては、みんなに見せて喜ばせていたそうです。少年のジョンは自分でいろいろな物を考え、作ることがとても大好きで得意でした。
ジョンは、そんな人とは違う力を不思議に感じていたようで、自分はおかしな人か、天才のどちらかだろうと思っていたそうです。ジョンのその力は、のちに世界を変えていくことになります。
<支援された学校のご紹介>
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エチオピア
ドゴソ小学校
2008年のライヴで支援


=プラン・ジャパン提供
ジョン・レノンってどんな人1 ビートルズのメンバー
連載第9回目:2011年5月28日付掲載
平和な世界を想像してごらんと歌った「イマジン」。愛と平和を音楽や言葉を通して伝えた音楽家、ジョン・レノン(1940〜80年)とは一体どういう人だったのでしょうか。
ジョンが最初に有名になったのは1960年代に活躍した「ザ・ビートルズ」という音楽グループの一員としてでした。イギリス出身の4人組で、ギネスブックには「世界で一番成功したグループ」として記録されています。
ビートルズのCDは世界で10億枚売れたと言われています。しかし今でもCDは売れ続けているので、全部でどれくらい売れているのか、正確には分かりません。
ビートルズは世界各地に演奏旅行に行きました。あまりにもファンが集まるので、初めて野球場でコンサートをしました。日本武道館でロック・コンサートをしたのもビートルズが最初です。
1970年にビートルズは解散しますが、その後もメンバーはそれぞれに音楽活動を続けていきました。なかでもジョン・レノンは、「歌はメッセージ」と考え、愛や平和、時には悲しみや苦しみを歌にしました。子どもたちのためのチャリティー・コンサートなど、ジョンは、誰かを助けるためにしかコンサートをしませんでした。夫人のオノ・ヨーコさんと共にいろいろな平和活動もしました。
ジョンは当時の他の音楽家とはちょっと違っていたようですね。小さいころのジョンは、自分は人とは違うのではないかなと感じていたようです。さて、次回はジョンがあなたたちと同じ、小学生だったころを振り返ってみたいと思います。
<支援された学校のご紹介>
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ブルキナファソ
ダルグマ村小学校
2001年のライヴで支援

国の人口約1400万人のうち、子どもが半分以上を占めています。そのため、学校が足りなかったり、先生が不足しています。また、学校に通うよりも仕事をしたほうがいいと考える親が多いため、アフリカで、学校に通えない子どもが多い国の一つです。
=プラン・ジャパン提供
夢の力4 国境のない世界
連載第8回目:2011年5月21日付掲載
みなさん、ジョン・レノンが「イマジン」で歌った国境のない世界を想像してみてくれましたか?
ジョンは「ぼくのことを夢のような話ばかりしている人だと思うかもしれないけれど、世界中の人たちがよりよい世界になるように想像すれば、いつか夢はかなって、世界はひとつになるんじゃないかな」と、言っています。また「イマジン」を作曲したとき、ジョンは夫人のオノ・ヨーコさんの詩に大きな影響を受けたとも、話しています。
名曲「イマジン」のきっかけを作ったヨーコさんが、大切にしている言葉「ひとりで見る夢はただの夢。みんなで見る夢は現実になる」——ひとりひとりが夢を持つことは大切なこと。でも、同じ夢をみんなで持つことは、もっと大切なことだよと呼びかけています。
ヨーコさんのこの呼びかけに応え集まったたくさんの人たちと一緒に、ドリーム・パワー・コンサートは世界の子どもたちに学校を贈り続けてきました。
プレゼントされた学校で勉強した子どもたちのなかには、いまでは20歳を越えた人もいます。大人になった子どもたちは、それぞれの国で世界を変えていってくれることでしょう。国や国境を超えて、ヨーコさんが言っている「ドリーム・パワー(夢の力)」で結ばれているのです。
ジョンが国境のない世界を歌った「イマジン」に似ていると思いませんか? ジョンとヨーコさんの夢。みんなの夢。夢がひとつになって、世界がひとつになっていけばいいですね。みなさんも夢の力を信じて、想像してみましょう。ドリーム・パワー。
<支援された学校のご紹介>
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セネガル
サム・ンディアイェ小学校
2006年のライヴで支援
セネガルはアフリカ、サハラ砂漠の南にある国です。学校が足りないので子どもの半分が小学校に通えず、大人になっても5人に3人は字が読めないといわれて

=プラン・ジャパン提供
夢の力3 想像してみよう
連載第7回目:2011年5月14日付掲載
国境がない世界とはどんな世界でしょうか?
みなさんも想像してみましょう。ある人は、国と国を分けている国境がなくなれば、国の間で争いがなくなって、人を殺し合うことがないんじゃないかなと答えました。そうしたら、みんなが平和に暮らしているところが頭に浮かびませんかと——。
自分のものがない世界とはどんな世界でしょうか?
あなたに想像できますか? その人は「これは僕のもの、それはあなたのもの」と考えなければ、よくばったりしなくなって、みんなが家族のようになれるんじゃないかなと答えました。そうしたら、地球はみんなのものと心に感じませんかと——。
じつは、今、お話ししたことはジョン・レノンが考えたことで、40年前に「イマジン」という曲にしました。そう、以前、お話ししたドリーム・パワー・コンサートの最後でいつも歌われているあの「イマジン」です。
「イマジン」とは英語で「想像する」という意味です。ジョンはこの曲で「想像する」ゲームをみんなにしかけているのです。実際に「国境をなくそう」と言っているのではなくて、みんなで「国境がない世界を想像」するとどうなるのかと歌っているのです。さあ、みなさんも想像してみてください。そうしたら、このコンサートの最後でいつも「イマジン」が歌われている理由も分かってきませんか?
<支援された学校のご紹介>
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ザンビア
ティコンダネ小学校
2002年のライヴで支援
みんなの学校が、3時間も歩かなければならない場所にあることを想像してみましょう。ザンビアのチャディザ県ティコンダネ村には学校がなく、毎日往復で6

=プラン・ジャパン提供
夢の力2 地域が支える学びやに
連載第6回目:2011年5月7日付掲載
過去10回行われてきたドリーム・パワー・コンサートに出演した歌手や俳優、演奏者の数はのべ154人。贈られた学校は世界28か国に107校となりました。
さて、こんなにたくさんの学校をどうやって贈ってきたのでしょう。学校建設の準備は、どこの国のどの地域で学校が必要なのかを、詳しく調べることから始まります。世界の子どもたちを助ける活動をし、子どもたちの現状を調べている国際NGO(非政府組織)「プラン」と連携して、支援は進められます。
学校を贈る場所を決め、校舎を作るだけでは、まだ十分ではありません。教科書や机など勉強に必要なものがなければ、教材や備品を提供します。先生がいなかったり、足りなければ、先生を育てるプログラムを行います。学校を動かすしくみがなければ、地域の人たちだけで学校を支えられるようになるまで、お手伝いをします。
地域の人たちの力だけで、学校を動かしていけるようになることが、私たちは大切だと考えています。なぜなら、また学校がなくなって、子どもたちが勉強できなくなってしまうことにならないように、と思うからです。
コンサートに参加するみんなの夢が着実に現実になってきています。ドリーム・パワー・コンサートによって生まれた学校で、廃校になってしまった学校はひとつもないのです。
<支援された学校のご紹介>
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グアテマラ
パオ小学校
2009年のライヴで支援
グアテマラは中央アメリカにある5か国の中で、字の読み書きができる人の割合

=プラン・ジャパン提供
夢の力1 夢が世界を変える力に
連載第5回目:2011年4月30日付掲載
世界の子どもが勉強できるように、学校を贈るチャリティー・コンサートができないだろうか。
そんな夢を持ったドリーム・パワー・コンサート総合プロデューサーの斉藤早苗さんは、ある人に提案します。故ジョン・レノンの夫人、オノ・ヨーコさんです。
ヨーコさんは、世界的に有名な日本人の芸術家です。ヨーコさんはジョンと出会う前から、たくさんの国で芸術活動をしていました。ロンドンで展覧会を開いたときにジョンがやってきて、ふたりは出会いました。それからというもの、ふたりは特に世界の平和のために歌を作ったり、コンサートを開いたりしてきたのです。
そんなヨーコさんは、斉藤さんの提案をとても素晴らしいアイデアだと共感しました。そして「どんな小さな夢でもひとりひとりが夢を持つこと。それが世界を変えていく力となる」というテーマを考えてくれました。
また、コンサートに「ドリーム・パワー」という名前も付けてくれました。英語でドリームは「夢」、パワーは「力」。ドリーム・パワーとは「夢の力」という意味です。「子どもたちの助けになりたい」という、コンサートに参加する人たちの夢がひとつになって、世界の子どもたちの夢を叶える力となる——。斉藤さんはぴったりだと感じました。
学校を贈るという夢、そしてジョンとヨーコさんのメッセージがひとつになって、いきいきと動き出した瞬間でした。
<支援された学校のご紹介>
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東ティモール
バリバール小学校
2004年のライヴで支援

ドリーム・パワー・コンサートでは、ど

=写真はともにプラン・ジャパン提供
ドリーム・パワー・コンサートが始まった理由3 広い世界を知るために
連載第4回目:2011年4月23日掲載
今日は学ぶことができないことが、どういうことなのかを考えてみたいと思います。
世界には学ぶことができなかったために、大人になっても文字を読み書きできない人々が7億5900万人もいるといわれています=2010年ユネスコ推計。私たちは、新聞や本などを通して、世界で何が起きているのか、世界中の人々が何を考えているかを知ります。しかし、文字が読めないと、知ることができないのです。
テレビを見たり電話で話したりすればいいと思うかもしれませんが、貧しい地域にはそれすらないのです。つまり、自分が住んでいる場所のこと以外、ほとんど知ることができないのです。
貧しくて勉強することができなかったり、戦争で家や家族の命が奪われたりしている地域の子どもたちは、他の地域のことがわからないため、それが当たり前だと思ってしまっています。みなさんも、世界のことを知らなければ、世界中のみんなが自分たちと同じように暮らしていると思ってしまいませんか。
文字を読めるようになって、世界には自分たちとは違う暮らしがあると知れば、自分たちの住む地域を良くしたいと思うかもしれません。いろいろなことを学んで、考える力を身につけられたら、なぜ貧困や戦争がなくならないかを考えることができるでしょう。
子どもたちが勉強し、世界を知ることができるようお手伝いがしたい、学校を贈るチャリティーができないだろうか——。これがドリーム・パワー ジョン・レノン スーパー・ライヴに込められた思いなのです。
<支援された学校のご紹介>
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カンボジア
カントゥオス小学校
2007年のライヴで支援

=プラン・ジャパン提供
ドリーム・パワー・コンサートが始まった理由2 みんなが学校に通えるように
連載第3回目:2011年4月16日掲載
歌を歌うコンサートをしようというのが「ドリーム・パワー ジョン・レノン スーパー・ライヴ」の始まりでした。
そして、ジョンが恵まれない人たちのために、お金を集めるチャリティーをたくさんやっていたのだから、このコンサートもチャリティーにして、ジョンが考えたことも引き継ぎ、伝えていこうということを前回お話ししました。
さて次は、何のためのチャリティーにするのかを決めなくてはなりません。コンサートの総合プロデューサーを務める斉藤早苗さんは、仲間と考えました。
世界には1日1㌦以下で暮らす人々が12億人もいるといわれています。しかも、そのうちの2億4600万人は、生活するためのお金を自分で稼がなければならない子どもたちだそうです=ILO(国際労働機関)の最新の統計から。
ある国では、お父さんもお母さんもいなくて、住む家もなく、ゴミをあさって日々を暮らす子どもたちがいます。また、ある国では、親に売られてしまって、大人でも危険な仕事をむりやりさせられて一生を過ごす子どもたちもいます。
日本の子どもたちは当たり前のように学校に通っていますが、世界には、生きていくために働かないといけない子どもたちがたくさんいます。その子たちは、本来なら学校に通って、教育を受ける権利があります。でも、貧しいために学校に通えないのです。
斉藤さんは、こうした子どもたちのためのチャリティーにできないかと考えたのです。
<支援された学校のご紹介>
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タイ
バン・トゥーム小学校
2006年のライヴで支援

ドリーム・パワー・コンサートが始まった理由1 ジョンの思い受け継いで
連載第2回目:2011年4月9日掲載
毎年、東京・日本武道館で行われる「ドリーム・パワー ジョン・レノン スーパー・ライヴ」。このコンサートの最後はいつも、出演者と観客が一体となって「イマジン」という歌の大合唱で感動的に終わります。この歌は、ジョン・レノンというイギリス出身の歌手が40年前に作った歌です。
ジョンは人生の苦しみや悲しみ、そして、楽しさを歌にしてきました。愛と平和の大切さを歌い続けた歌手として知られ、その曲は世界中から愛され続けています。
なぜ「イマジン」が今も多くの人々に愛され続けているのかを考えると、このコンサートが始まった理由が分かってきます。
10年前、ジョンの歌が日本で歌い続けられるように、ジョンが作った歌を歌うコンサートを開催しようと思った人がいます。このコンサートの総合プロデューサーを務める斉藤早苗さんです。
斉藤さんはコンサートに出演してくれるように、多くの歌手に声をかけます。そのなかで、ミスター・チルドレンのプロデューサー、小林武史さんに出会いました。小林さんと斉藤さんは「たくさんの歌手が集まってジョンの歌を歌うのなら、なにか意味のあることもした方がいいね」と話しました。
そこで、斉藤さんはジョンが「人の役に立ちたい」と、コンサートで集めたお金を寄付するチャリティーをたくさんやっていたことを思い出しました。
「ジョンの歌を歌うコンサートなのだから、チャリティーにしよう」と斉藤さんは決めました。こうしてドリーム・パワー・コンサートは、チャリティー・コンサートとして、産声を上げたのです。
<支援された学校のご紹介>

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フィリピン
カワヤン小学校
2007年のライヴで支援

夢の力で学校を贈る 10年間で28の国に107校
連載第1回目:2011年4月2日掲載
「毎日ひとつ誰かを喜ばせることをやりましょう。それだけで世界を変えていくことができるんです」
2010年12月8日、日本武道館で1万2000人の観客が集まったコンサートが開催されました。出演者は、世界的に知られている芸術家のオノ・ヨーコさんや日本の有名な歌手や俳優です。
コンサートでは愛と平和の大切さを生涯歌い続けたイギリスの歌手、故ジョン・レノン(元ビートルズ)の歌が演奏され、出演者は夢を持つことの大切さを語り、観客の心には「愛」や「平和」、そして「夢」のメッセージが残りました。
このコンサートは「ドリーム・パワー ジョン・レノン スーパー・ライヴ」という、世界の恵まれない子どもたちに学校を贈るためのチャリティーです。
世界には学校で学びたくても、学校がないために、通えない子どもたちがたくさんいます。戦争で学校が壊されたり、貧困のために学校が足りなかったり、その理由はさまざまです。
そんな子どもたちに学校を贈ろうと、2001年から毎年このコンサートは開催され、昨年、10回目が行われました。これまでに建てられた学校の数は、世界28の国に107校になります。
中心人物のひとりで、ジョン・レノン夫人のオノ・ヨーコさんは「みんなで夢を見ることが大切だ」と、コンサートで呼びかけました。学校に通いたいという世界の子どもたちの夢、その子どもたちが勉強できるようにお手伝いしたいという、観客や出演者、スタッフの夢——。一人一人の夢がひとつになって、新しい学校が世界中に建設され続けているのです。
<支援された学校のご紹介>
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ベトナム
タンロン小学校
2001年のライヴで支援

————ランちゃん(11歳の女の子)


















