ドリーム・パワー・コンサートが始まった理由1 ジョンの思い受け継いで
2011/04/09
毎日小学生新聞
連載第2回目:2011年4月9日掲載
フィリピンでは少なくとも20%の子どもたちが、貧しいために学校に通うことができません。とくに農村部では深刻です。この小学校があるビサヤ諸島も、もっとも貧しい地域のひとつで学校が不足しています。ドリーム・パワー・コンサートで贈った学校にある教室の天井には、大きな扇風機が付いています。子どもたちは、新しい教室で快適に勉強できてうれしいですと、お礼のお手紙を送ってくれました。
連載第2回目:2011年4月9日掲載
毎年、東京・日本武道館で行われる「ドリーム・パワー ジョン・レノン スーパー・ライヴ」。このコンサートの最後はいつも、出演者と観客が一体となって「イマジン」という歌の大合唱で感動的に終わります。この歌は、ジョン・レノンというイギリス出身の歌手が40年前に作った歌です。
ジョンは人生の苦しみや悲しみ、そして、楽しさを歌にしてきました。愛と平和の大切さを歌い続けた歌手として知られ、その曲は世界中から愛され続けています。
なぜ「イマジン」が今も多くの人々に愛され続けているのかを考えると、このコンサートが始まった理由が分かってきます。
10年前、ジョンの歌が日本で歌い続けられるように、ジョンが作った歌を歌うコンサートを開催しようと思った人がいます。このコンサートの総合プロデューサーを務める斉藤早苗さんです。
斉藤さんはコンサートに出演してくれるように、多くの歌手に声をかけます。そのなかで、ミスター・チルドレンのプロデューサー、小林武史さんに出会いました。小林さんと斉藤さんは「たくさんの歌手が集まってジョンの歌を歌うのなら、なにか意味のあることもした方がいいね」と話しました。
そこで、斉藤さんはジョンが「人の役に立ちたい」と、コンサートで集めたお金を寄付するチャリティーをたくさんやっていたことを思い出しました。
「ジョンの歌を歌うコンサートなのだから、チャリティーにしよう」と斉藤さんは決めました。こうしてドリーム・パワー・コンサートは、チャリティー・コンサートとして、産声を上げたのです。
<支援された学校のご紹介>

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フィリピン
カワヤン小学校
2007年のライヴで支援



















